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東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)78号 決定

申立人

弁護人となろうとする弁護士

鈴木一郎

被疑者駒込署留置番号二〇号、同二一号、同二二号に対する各兇器準備集合等被疑事件について、

東京地方検察庁検察官親崎定雄が昭和四八年一月三一日なした接見に関する拒否処分に対し、

同年二月一日申立人からその取消を求める準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

東京地方検察庁検察官親崎定雄が昭和四八年一月三一日駒込警察署に赴いた申立人に対しなした。東京地方検察庁で検察官の接見指定書を受け取りこれを持参しないかぎり申立人と被疑者らの接見を拒否する処分はこれを取消す。

理由

一、本件申立の趣旨は、主文と同旨の裁判を求めるというにあり、その申立の理由は準抗告申立書に記載のとおりであるから、ここに引用する。

二、当裁判所の事実調の結果によると、申立人は昭和四八年一月三一日午前一一時ごろ、被疑者らが勾留されている代用監獄である駒込警察署におもむき接見の申入れをしたが、係官から検察官の発する接見に関する具体的指定書を持参しない限り面接はさせられないとして接見を拒否されたので、申立人は係官から被疑者らについては現に取調中ではないことを確認の上、同所から電話で、担当の東京地方検察庁検察官親崎定雄に対し、被疑者らは現に取調を受けていないこと、申立人は多忙のため当該接見の予定を組み得ずにいたところ同日午前中にたまたま時間ができたので新宿区西落合の自宅から直接池袋経由で駒込署に赴けば午前中に接見を終了することが可能であるところから直接同署に来たこと、更には指定書の追完という形もとれない訳ではないこと等々を説明し、接見を求めたところ、同検察官は「具体的指定書を取りに来庁されればいつでも弁護人の都合のよい日時に接見できるよう手配するから具体的指定書を取りに来庁されたい」旨回答し、ただちに接見の具体的指定をせず、また接見を認める措置もとらなかつたこと、申立人が駒込署に赴いた際は被疑者らについて現に取調はなされておらず留置場内の看房に入房中であつたことが認められる。

三、ところで、刑訴法は身体の拘束を受けている被疑者に弁護人または弁護人となろうとする者と立会人なくして接見する権利を認め(三九条一項)、裁判所が逃亡または罪証隠滅のおそれがある被疑者について接見を禁止した場合であつても、その接見禁止の効力は弁護人または弁護人となろうとする者には及ばないことにしている(八一条)。このように被疑者と弁護人との接見は本来自由であるべきはずであるが、刑訴法三九条三項は、「検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう)は捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない」と規定し、捜査のため必要があるときは、捜査官が弁護人の接見日時、場所、時間を指定できることにしている。しかしながら、右にいう捜査のための必要があるときとは、弁護人の接見交通権は原則的に自由であり、しかもそれは弁護権の根幹をなすものともいうべきものであること、弁護人以外の者との接見を禁止する権限が裁判官にのみ認められ、しかもその理由が「逃亡し罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」に限定されているのに対し、より自由であるべきはずの弁護人との接見を制限する権限がもつぱら捜査官しかもそれが検察事務官、司法警察員、司法巡査にまで与えられていること等を考えると、それは厳格に解せらるべきであり、単に一般的抽象的に捜査に支障をきたすという程度のものであつては足りず、より具体的に捜査のために被疑者の身柄を必要とするような場合、即ち被疑者を現に取調べている場合およびこれに準ずるような検証・実況見分等に同行しているような場合またはまさに被疑者を取調べようとしている場合(既に検察官が監獄側に対し取調のための即時同行を命じている場合もこれに含めてよいであろう)や検察官が既に取調等を予定し監獄側に対しその旨を指示をしていた時間にたまたま弁護人が接見を求めて来たような場合を指すものと解すべきであり、法三九条三項は、右のような場合にまで取調その他を中断中止してまで弁護人と接見させる必要はない(ただし、同項但書は、このような場合であつても、ただちに接見させないときは被疑者の防禦権、弁護人の弁護権を侵害するおそれがあると考えられるときは取調べを一時中断しても接見させなければならないとの趣旨を含むものと解する)として弁護権の行使と捜査との調和を図つたものと解するのが相当である。従つて、現に取調中その他これに準ずる前記のような状況がない場合には、そもそも捜査官による接見のための具体的指定ということを問題にする余地はないのであり、捜査官は被疑者と弁護人との自由な接見を認めなければならないのである。

四、これを本件についてみると、前述のとおり申立人が駒込警察署に赴き接見の申入をした際被疑者らについては取調もなされておらず留置場内の看房に入房中であつたことが明らかであり、これを確認した申立人が親崎検察官にその旨を告げただちに接見させるよう申入れたのであるから、これを受けた同検察官としては自ら警察側に対し取調その他これに準ずる捜査の必要の有無を確認し或は自らの取調の予定等を検討し、現に取調中その他これに準ずる捜査の必要が確認されれば接見のための具体的指定をするのが当然であり、その方法として書面による指定の方法もありえようが、右の必要性の現存が肯認できないときはただちに適宜な方法で接見のための措置をとるべきであると考えられる。しかしながら同検察官においてこのような措置をとつた旨の疎明はなく、また申立人の接見申入当時、捜査官において前述の意味における捜査のための必要性があつた旨の疎明もない。してみれば、折角駒込署に行き接見を求めている申立人に対し検察庁まで指定書を受けとりにくることを求めること自体許されないものというべきであり、この指定書を駒込署に持参しない限り接見を拒否する(監獄の長またはその命を受けた係官が拒否することになるのは検察官の指示に由来する)ことは刑訴法三九条一、三項の規定に照らし違法な処分であるといわざるを得ない。

よつて本件申立は理由があるので、同法四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する。 (青木昌隆)

準抗告申立書

被疑者 駒込署20号

駒込署21号

駒込署22号

右の者らと申立人の接見に関して、東京地方検察庁検察官親崎定雄がなした別紙の通りの接見等に関する処分に対し次の通り準抗告を申立てる。

昭和四八年二月一日

東京都港区西新橋一丁目八番八号(591)七三七七

弁護士 鈴木一郎

東京地方裁判所刑事一四部御中

申立の趣旨

東京地方検察庁検察官親崎定雄が昭和四八年一月三一日駒込警察署に赴いた申立人に対してなした別紙記載の処分はこれを取消す。との裁判を求める。

申立の理由

第一 事実

一、右被疑者らは、昭和四八年一月一八日兇器準備集合等被疑事件につき逮捕され、現在駒込警察署に勾留されている者であり、申立人は右被疑者らの依頼により右被疑事件につき、被疑者らの弁護人となろうとする者である。

二、申立人は右被疑者らと接見するべく、昭和四八年一月三一日午前十一時頃、前記警察署に赴き右被疑者らに対する接見を申し入れた。

三、右申し入れに対して同署看守石井昭は、検察官から弁護人もしくは弁護人となろうとする者と被疑者との接見は指定書を持参しない限り許してはならない旨指示されているので、申立人が指定書を持参しない限り接見は認められないと申し述べてこれを拒否した。

四、申立人は被疑者は現在房にいるかと更に右石井に質問したところ、三人共房内に居ると回答し、取調室で取調べを受けてはいないとも言つた。

五、そこで申立人は、担当検察官である親崎定雄に電話をかけ、現在被疑者らは現に取調をうけていないこと、申立人は最近多忙故、当該接見の予定を組み得ずにいたところ、同日午前中にたまたま時間が出来たので自宅新宿区西落合から直接池袋経由で同署に赴けば午前中で接見を終了することが可能であるところから直接に同署に来たこと、更には指定書の追完と言う形もとれない訳ではないこと等々同検察官に説明し接見を求めた。

六、同検察官はこれに対して、検察庁まで指定書を受取りに来た上、それを持参して同警察署に赴かない限り接見を拒否す旨回答し、もし指定書を取るならば夜でも接見させる等と言つてあくまでも指定書を持参することを要求した。

七、結局申立人は漸く被疑者らとの接見の機会を得ながら、「被疑者の取調等何ら捜査の必要がない」のに前記検察官によりこれを拒否された。

第二 主張

一、右接見に関する申立の趣旨記載の処分は違法である。

(一) 憲法三四条は身体を拘束された被疑者に弁護人を依頼する権利を保障し、これを受けて刑訴法三〇条は身体を拘束されていると否とを問わず、被疑者に何時でも弁護人を選任する権利を認め、更に同法は身体の拘束をうけている被疑者に弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なくして接見する権利を認めている。

従つて右権利は本来原則として無制限に認められる筈のものである。

(二) 刑訴法三九条三項は「捜査のために必要があるとき」は公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時場所及び時間を指定することができる」と規定するが、この場合の「捜査のため必要がある時」とは取調中や検証、実況見分に立会わせている場合等、取調中に準じる場合を言うのであつて、捜査全般の必要性を言うのでないこと今や論を俟たない。

同項は右のような場合まで取調を中断して、弁護人と接見させる必要まではないとして、弁護権と捜査の調和をはかつたものであり、この場合でも防禦権の不当な制限になる場合は接見を許さなければならない。

(三) 従つて検察官が刑訴法三九条三項による接見の指定をなすに当り、一般指定書を発にして弁護人と被疑者との交通権を一般的禁止することは勿論(四七年五月二四日貴庁決定)、検察官の接見指定書を受取りこれを持参しない限り、取調中か否かに拘らず接見を禁止することも、違法であることは明らかである。

(四) 本件において申立人が同署に赴いた際は、被疑者らの取調等何ら捜査の必要がないのに、検察官は申立人に対して「東京地方検察庁で検察官の接見指定書を受け取りこれを持参しない限り申立人と被疑者らとの接見を拒否する」旨の処分をなして、弁護人となろうとする者と被疑者との接見交通を一般的に禁止した。

これは右に述べた様な刑訴法三九条の趣旨に真向から反し、裁判所にすら認められていないことを検察官がなし得ることにもなり、断じて許されない。

第三 接見指定に関する最近の動向

一、裁判所のこれまでの決定例の集積により一般的指定処分の違法性が確認されたのに対して、東京地方検察庁は、現在公安事件については書面による一般指定を止め、それに代えて脱法的に口頭によつて警察署職員に対して本件石井昭に対してなしたと同様の指示を与えている。その効果は絶大なものがあり、何ら文書による一般指定と変わらない。

二、この傾向は昭和四七年六月一五日、同年九月二九日、同年一〇月二三日の貴広各決定以降ますます著しくなつており、今や一般指定書すら発せられていないのにも拘らず、指定書を持参しない限り絶対会えないという逆転した状況が固定化しつつある。

三、そのため稀な特殊な例外を除いて、昨年七月ごろより、現在に至るまで、取調中等でないにも拘らず、指定書を持参しない限り絶対に接見は不可能であつた。所謂公安事件において、検察官の接見妨害は眼に余るものがあり、申立人と同様な事例においてさえこの半年余り接見できた弁護士は皆無に近い。

四、検察官は、申立人自身の経験したところによれば、「あらゆる場合接見に関する指定は必要であり、又捜査のため必要か否かは検察官の判断事項であり、取調等をしていないとき、接見を認めるのも適法な刑訴法三九条三項の指定処分の一部である」等と考えている様であり、その法論理的整合性は極めて疑問が多く、何よりも刑訴法三九条を真向から無視するものとして問題多い。ある検察官は以前申立人に対して「弁護人となろうとする者か否か審査するために接見に関する指定書は全ゆる場合必要である」等と平然と言つてのけ、更には「法律的にどうのこうのより弁護士なら被疑者のために検察庁に指定書をとりに来る位のことをするべきだ」と開き直つた。

これらのことが全ての東京地検の検察官の共通する考えであるとまでは言えなくても、現在の極めて支配的な風潮になつていることは否定出来ない。

五(一) これらの検察官の考え方は、完全に被疑者と弁護人もしくは弁護人となろうとする者との接見を自己の支配下に置こうとするものであり、その前近代性は速かに改められなければならない。

ところが逆に前記貴庁各決定により、検察官の右の如き考えが認められたかの様に誤解して、その「接見指定書を持参しない限り接見を許してならない」旨の指示をますます徹底して各署に対してなしている様に見受けられる。

(二) しかしながら右各決定は「取調中等何等捜査に必要のない」場合にまで指定することを認めたものではなく、「取調中等捜査に必要ある場合」即ち接見に関する刑訴三九条三項の指定処分が許される場合に、その指定の方法」に関する検察官の裁量範囲(電話か文書か)について判断したものにすぎない。

(三) 東京地裁の確立した判例は「取調中等何ら捜査に必要ない場合には、検察官は弁護人もしくは弁護人となろうとする者と被疑者との接見を拒否してはならない」としているのであり、これは又法律的素養を有しているものであれば当然肯定せざるを得ない自明の理である。

この点検察庁は「要件」と「方法」を混同している疑いがある。

第四 本件の特質

一、本件はまず、親崎検察官が「何ら取調中等捜査の必要がない」のに、弁護人となろうとする申立人と被疑者らの接見を「東京地方検察庁まで指定書を受け取りに来て、これを持参しない限り接見は拒否する」と一般的に禁止して拒否したこと、そして申立人の電話による要求に対して取調中以外にこれに準ずる捜査に必要ある場合であることについてすら疎明をしなかつたこと、事実被疑者ら三名共房内に居たこと即ち取調べ中でもそれに準ずる場合でもなかつたこと等がその特質に挙げられる。

二、次に申立人としては、前記記載の通り検察庁までゆく暇もなく、どうしても直接警察署に赴いて接見をする必要があつたので、本来「取調中等捜査に必要」ない場合であるから指定書もそもそも問題になり得ない筈ではあるが、検察官に対しては「後から指定書をとつて追完することでも矢張駄目か」と最大限譲歩したのであたが、これすら拒否されたこと。

三、本件看守石井昭によれば勾留がついた当初検察官から「指定書を持参しない限り接見させてはならない」と口頭で指示されていたとのことである。

四、以上のことから明らかな様に親崎定雄検察官のなした別紙記載の処分は刑訴法三九条三項の接見に関する処分であり、同法三九条の趣旨に真向から違反する違法な処分であるから、ここに法四三〇条に基づきその取消を強く求めるものである。

別紙

東京地方検察庁まで接見指定書を受取りに来た上、それを持参しない限り申立人と被疑者らとの接見を拒否する。

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